心拍変動を利用した様々な自律神経機能指標

.心拍変動の時系列データから自律神経のバランス状態を計測する手法は、パワースペクトルからLF、HFを計算する以外にもいくつか提案され臨床家の間でその有効性が検討されてきました。そのバリエーションは非常に多く、どの指標が真に有効であるかは未だに議論のあるところとなっています。

ここでは、数ある自律神経機能指標から比較的よく目にする(必ずしも有効性が確認されているという意味ではない)いくつかを紹介します。

周波数領域指標・時間領域指標

数学的な視点からの分類として、周波数領域に注目した指標と時間領域に注目した指標に分けられることがあります。数多くある自律神経指標を整理する必要があり検討された分類学であり、それ以上の根拠はないと思われますが、一般的にはよく通用している整理方針です。

周波数領域の自律神経指標

これまで解説してきたように、RRI時系列データからパワースペクトルを計算し、所定の周波数領域のパワーを積算して指標として利用します。

LF
0.05Hz~0.15Hz(低い周波数帯域)のパワー積算。周波数帯域は文献によって多少の差がみられる場合がある。この領域の変動は、主に交感神経の活動を反映すると考えられているが、副交感神経の影響も受けることが確認されている。そのため、LFをそのまま交感神経活動度とするより、非常に低い周波数帯域を除く全パワーでLFを除した、LF norm(normalized LF)として、交感神経活動指標とする場合もある。
HF
0.15Hz~0.40Hzのパワー積算。周波数帯域は文献によって多少の差がみられる場合がある。この周波数帯域は、副交感神経(心臓迷走神経)の影響のみを受けるため、副交感神経活動指標として利用される。
LF/HF
LFをHFで除したもの。LF/(LF+HF)とする文献もある。交感神経と副交感神経のバランスを指標化したもの、もしくは、交感神経活動の指標と考えられているもの。広く利用されている指標であるが、生理的学的根拠や計測値の有効性等課題も残っている。

時間領域の自律神経指標

SDNN
NN間隔(心電図を用いた心拍間隔計測ではR波とR波の間を計測するのでRR間隔というが、これをNNと呼ぶ文献もある。そもそも、心拍変動は洞調律を測るべきなので、心電図でもロバストに計測できるならP波を検出するのが正論である。)の標準偏差。
NN50(pNN50)
NN間隔(RR間隔)が50ミリ秒以上の心拍回数。pNN50として、その割合を指標とする文献もある。RR50と表記する文献もある。
幾何学的指標
度数分布(ヒストグラム)からその形状を指標化したり、ローレンツプロットと呼ばれるRR間隔のプロット手法からその図形の特徴を指標化するなどがある。特に後者は比較的よく目にする表現手法である。

ローレンツプロット(自律神経活動の時間領域指標の一つ)

このRR間隔のプロット方法は単純ですが視覚的にも効果的な表現方法です。RRI(n)は一心拍毎にその前の心拍との間隔をミリ秒単位で計測した時系列データとします。RRI(n)でn番目の心拍とその一心拍前の心拍の間隔とします。x軸にRRI(n)の値を、y軸にRRI(n+1)の値をとってプロットしていったものがローレンツプロットです。例えば、RRI(100)=900msecで、RRI(101)=940msecであるとすると、座標(900,940)に1つプロットされるわけです。

RRIデータは24時間にわたって計測したものを使用します。すべての心拍を記録し利用するのが望ましいですが、実用的には1時間、30分程度の時間間隔を置いて定期的に計測するのでも十分です。

図1 ローレンツプロット (若年者)

数点の外れ値(計測がうまくいかなかったデータ点)がありますが、概ね傾向を持っていることがわかります。RRIが小さいところは運動中などで心拍数が上がっている時のもので、そのような状態では心拍間隔の変動は少なく、RRI(n) とRRI(n+1)はほとんど同じであるためプロットも広がりがありません。反対に、RRIが大きいところは、リラックスしていたり、睡眠中の状態であり、心拍間隔の変動が大きく、RRI(n) とRRI(n+1)の値も大きく変わる時があり、プロットが広がっているのが確認できます。

図1のようなダイヤモンド型の分布傾向は若年、女性の方がその傾向が高いです。

図2 ローレンツプロット (中年男性)

図2は50歳代の男性のものです。図1とくらべてプロットの広がりが小さくなっているのが見て取れます。RRIが大きい(心拍数が下がっている)状態でも、心拍間隔の変動は図1の場合と比べて小さいことが確認できます。交感神経亢進過多等で、副交感神経活動が心拍変動に現れにくくなると心拍変動が小さくなり、ダイヤモンド型の分布傾向が無くなっていきます。

ここでは掲載しませんが、心疾患など重篤な疾患を持つ患者のローレンツプロットはさらに分布が小さくなり、心拍変動が消失していく傾向が多くの場合で見られます。心拍のゆらぎ(心拍変動)は自律神経活動と循環器系の正常動作には欠かせない傾向であることがわかります。