自律神経活動が心拍変動を発生させる仕組み その2

圧受容体 ~体内に張り巡らされたセンサーシステム~

臓器には、体内の状態を調べて中枢神経に伝達するための受容体とよばれるものが分布しています。受容体は体内のセンサーであり、酸素や二酸化炭素などのガス濃度や圧力等、様々な生体の状態を検出します。”センサー”と言っても、受容体は特殊な仕組みを持った細胞の集合であり、当然、メカニックなものではありません。検出された情報は、知覚神経と呼ばれる神経を通って中枢神経に伝えられます。手の皮膚をつねると、その刺激が中枢神経(脳)に伝達されて、”痛い”という感覚を持ちますが、それと同じ仕組みが体内の他の臓器にもあり、体内の状態を常に中枢神経に伝えているのです。

心拍変動と関連の深い受容体は、圧力を検出する圧受容体(あつじゅようたい)です。特に、肺が呼吸により膨らむ程度を検出するためにある肺の伸展受容体(しんてんじゅようたい)と、血圧の上昇を検出するための動脈圧受容体(どうみゃくあつじゅようたい)の2種類の受容体が重要な役割を果たします。

肺の伸展受容体

空気を吸い込んだ時(吸気時)に肺は膨らみ、空気を吐いた時(呼気時)に肺は縮みます。肺の伸展受容体は、肺のふくらみ具合を検知するセンサー部で、呼吸中枢とよばれる呼吸を制御する中枢神経部に信号を伝達します。私たちが、空気を吸い込みすぎないで無意識に吸気と呼気を繰り返すことができるのは、この肺の伸展受容体が吸気による肺の拡張を中枢に知らせて呼気に転じさせているからです。

中枢神経に伝達される肺の拡張・収縮の信号は、呼吸中枢だけでなく、延髄にある心臓血管中枢にも伝達されます。心臓血管中枢から心臓や血管などの血液循環に関係する臓器に情報が伝わるので、呼吸による肺の収縮・拡張の周期的な動作の情報も同様に心臓に伝わることになります。そして、この呼吸周期の変動は自律神経を介して心拍変動となって現れてきます。

動脈圧受容体 と メイヤー波

圧受容体は、血圧の変動情報を心臓血管中枢に伝えるためのセンサーです。動脈内の血圧の情報は、頸動脈(首の部分にある太い動脈血管)と大動脈弓(心臓から出てすぐの太い動脈血管)にある圧受容体で検出され、延髄にある心臓血管中枢に伝達されます。血圧の圧受容体をバロレセプター(baroreceptor)と呼ぶことがあります。

動脈内にある圧受容体の目的は、血圧が上がりすぎた時に血圧の上昇を知らせることで心臓の活動を抑えて血圧を下げるように、またその逆に、血圧が下がりすぎた時に血圧の降下を知らせることで心臓の活動を活性化させて血圧をあげるように仕向けることにあります。この血圧の調節メカニズムはとても重要です。たとえば、寝ている状態から立ち上がった直後、心臓の位置より頭部は上に持ち上がるので頭部の血圧はさがります。理科の時間にならった「静水圧」です。この血圧の低下をすぐに検知して心臓の活動を活性化し血圧を上昇させないと、頭部に血液が十分に回らず貧血により倒れてしまします。現実に、起き上った時に頭部が低血圧状態のままで貧血を起こす症状があり、起立性低血圧(きりつせいていけつあつ)と呼ばれています。

次に、心拍変動を理解する上で重要な血圧の変動について説明します。血圧は心臓が”ドックン”と一拍打つごとに収縮期血圧(上の血圧)と拡張期血圧(下の血圧)の間を変化しますが、この血圧の変動以外にも、10秒程度の長い周期で血圧が上下に変動していることが知られています。1876年にメイヤー(Mayer)がこの約10秒周期の血圧変動を報告したために、この血圧変動をメイヤー波と呼んでいます。この約10秒周期の血圧変動は圧受容体で検出され心臓血管中枢に伝えられるのです。そして、この約十秒周期の変動は自律神経を介して心拍変動となって現れるのです。

圧受容体反射とは

「反射(はんしゃ)」について確認しておきます。生理学や医学の用語として使う「反射」とは、感覚器からの刺激の信号が脊髄を経由して脳まで到達してから筋肉に運動の指令が伝達されるのではなく、感覚器からの刺激信号が脊髄に到達してすぐに(脳まで到達しないで)筋肉に運動の指令が発せられる素早い信号伝達(脳を経由しないショートカット)のことを指します。

自律神経機能の検査手法を理解する上で重要なキーワードとして、圧受容体反射(あつじゅようたいはんしゃ)があります。圧受容体反射はバロリフレックス(baroreflex)とも呼ばれます。その仕組みを説明します。頸動脈洞(首を流れる動脈)にある圧受容体を指で押しこんで圧力を加える(圧受容体自体は伸び広げられることになります)と、その刺激が頸動脈洞神経(中枢に向かって信号を流す神経の一つ)を伝って延髄の自律神経中枢に届きます。それにより、交感神経が抑制され、副交感神経(迷走神経)が亢進して、血圧が下がり、心拍数が減少します。この圧受容体の刺激から血圧の低下と心拍数の低下に至る神経の伝達が反射の経路であり、圧受容体反射、と呼ばれています。かつては、頸動脈洞を刺激する圧受容体反射をみることで、迷走神経の機能評価をしてましたが、迷走神経機能検査とするには矛盾する実験結果があり、現在では迷走神経機能検査法としては利用されていません。