心拍変動とはなにか?心拍のゆらぎとはなにか?

心拍間隔 ~心臓の鼓動間隔に注目~

まずはじめに、心臓の鼓動の時間間隔である心拍間隔という概念を理解しておきます。横になる等安静にしているときは心臓の鼓動が「遅く」なり、運動した時や緊張した時には心臓の鼓動が「速く」なる事は誰しもが体感していることです。この心臓の鼓動が「速い」、「遅い」を表現する方法として、拍動の一拍と次の一拍の間の時間である心拍間隔を考えてみます。心臓の鼓動が速いときは、ドックン、ドックンの間隔が短いわけですから、心拍間隔時間は小さくなります。反対に、心臓の鼓動が遅いときは、ドックン、ドックンの間隔が長くなるわけですから、心拍間隔時間は大きくなります。

心臓の機能を調べるためによく利用される「心電図」をつかって心拍間隔を確認しておきます。下の図を参照してください。まず、図の上側に、心電図(ECG)と呼ばれる心臓が”ドックン”となる時に発生する電気信号のイメージ図を載せています。この電気信号は、心臓が収縮する時に心臓内に起こる電気の分布の変化によって引き起こされるもので、体表面から電位(電圧の差)として検出されます。電気信号の山や谷に、P,Q,R,S,T,(U)のような名前が付いています。心電図の一番鋭いピークである”R”は、心臓の心室と呼ばれる部分が急激に収縮して血液を心臓から送り出している時に発生する電気信号です。ちょうど、心臓が”ドックン”となる時に対応しています。安静時に心臓がゆっくり拍動している時は、”ドックン”と、次の”ドックン”の間隔が長くなります。反対に、心臓が速く拍動するときは、この間隔が短くなります。

心臓の鼓動と心拍間隔(RRI)

 

この心電図を使って、心臓の拍動の間隔をグラフ化してみます。心拍の間隔を計測するには、心電図の鋭いピークであるR波を利用するのが一般的です。R波の発生時刻と、ひとつ前のR波の発生時刻の時間差が心拍間隔となります。R波とR波の間隔を計測することから、「RR間隔(RR Interval)」と呼ばれます。グラフ化する際は、横軸に時間を、縦軸にRR間隔を取りプロットしていきます。注意すべき点は、グラフは連続ではなく離散的であることと、R波が発生した時刻でのみデータが発生するため、データのプロット間隔が一定ではないことです。つまり、定期的に(例えば毎秒一回)データが発生するわけではなく、心臓が拍動するタイミングでデータが発生し、プロットするわけです。

心拍間隔は変動しているのが「正常」

上図の心拍の変動グラフ(RR間隔のグラフ)は、理解を容易にするためのイメージ図ですが、実際のデータの重要な性質を反映させています。その重要な性質とは、RR間隔が常に一定ではなく変動している、ということです。運動することで心拍数が上昇しRR間隔が変化する、ということではなくて、じっと安静にしている時でも、このような心拍間隔(RR間隔)の変動が観察されます。上図では、心拍間隔が950ミリ秒から900ミリ秒のあいだで周期的に変動している様が表現されています。このような心拍間隔の周期的な変動を、「心拍変動」、または、「心拍ゆらぎ」と呼びます。

この心拍ゆらぎにあらわれる周期的な変化には、様々な生体のフィードバックのメカニズムが関係しますが、自律神経の機能とのかかわりで重要なものは、呼吸と同じ周期をもつゆらぎと、血圧の変動と同じ周期をもつゆらぎの2種類です。自律神経が正常に機能している場合、呼吸と同期したゆらぎと、血圧と同期したゆらぎが、心拍間隔のゆらぎとして観察されます。つまり、心拍はゆらいでいるのが「正常」なのです。反対に、自律神経機能を薬物で抑え込んだり、移植手術などで自律神経系が切断されている等によって自律神経機能がなんらかの形で異常である場合は、上記のような心拍間隔のゆらぎが消失するのです。

本稿では、自律神経系の活動が心拍間隔を変動させるしくみ、また反対に、心拍間隔の変動から自律神経系機能の活性度を推定する方法について解説していきます。

自律神経機能・ストレス・心拍ゆらぎの研究の歴史

心拍変動の研究は、1990年代、2000年代に渡ってバイオメディカルエンジニアリング(生体医工学)や情報工学の分野で注目されてきました。その大きな動機付けとなっているのは、小型化された計測機器や無線ネットワークをはじめとする生体信号をリアルタイムに取得し解析する情報処理基盤がそろってきたこと、さらに、ストレスが大きく注目されはじめた時代の要請として、ストレスを簡便に計測できる可能性を心拍変動解析が持っていたこと、です。特に、自律神経活動の状態をリアルタイムに、かつ、人体に負担が少ない状態で計測できる可能性も持っていることにより、工学としての応用範囲は大変広いものになります。車をはじめとする乗り物が、操縦者である人のメンタル状態を把握することや、高齢者をはじめとする心疾患の危険性のある人の自律神経機能を常時モニタリングすることで心疾患発生の危険性をより正確に把握する等、様々な応用が検討されています。

バイオメディカルエンジニアリングや情報工学分野から注目をあびる以前に、医学・生理学分野では長年にわたって心拍変動と自律神経機能の関係、そして、心拍変動と心疾患(心筋梗塞など心臓に関わる病気)の発生や重症度との関係が調べられてきました。長年の研究にもかかわらず、心拍変動と自律神経機能、あるいは、心拍変動と心疾患の間に強い関係がある事は確かだが、一般性を持って定量的にはっきりしたことを言い切れない、という状態が現状のようです。現在でも医学・生理学分野での研究が継続しており、心拍変動と心疾患の重症度を関係付ける指標化を目指す研究報告もされています。

あまり大昔の話をしてもしかたありませんが、心拍に変動があることは遅くとも18世紀、19世紀には文献として報告されていました。そのくらい昔から知られている人体の現象ですが、いまだにその詳細がわかっていないということで、人体・生命のしくみの奥深さを感ぜざるを得ません。