RRI時系列の用意

心電図からのRRI時系列データ生成

心拍の変動時系列データであるRRI(R-R Interval)は一般的には心電図から計算します。指先の細動脈(さいどうみゃく)から心拍を検出する手法(指尖容積脈波:しせんようせきみゃくは)を用いてRRIに相当する心拍変動を算出する場合もあります。指尖容積脈波を利用する場合は、その波形が心電図のR波ほど明瞭な信号の立ち上がりがないので、心拍間隔の計測精度は悪くなります。

心電図から心拍間隔(RRI)を算出する基本手順は”心拍変動とはなにか?心拍のゆらぎとはなにか?”で解説しましたのでそちらを参考にしてください。以下の図は、心電図からのRRI算出のイメージとなります。

ストレス指標RRIの算出

図1 心電図から心拍間隔を計算する概念図

実際にRRI時系列データを用意するためには、心電図生データを出力する機能のある心電計から心電図データを取得し、R波を検出するプログラムを自作する方法と、心電図からRRIを計算してRRIデータを出力する機能のある心電計から直接RRI時系列データを得る方法とがあります。実験目的でRRIデータを利用したい場合は後者の方が手間も少なく理想的なのですが、心電計の製品仕様による制約があり自由度は低くなります。たとえば、簡便な携帯型心電計ではサンプリング周期が250Hz~125Hzと、臨床に使われる心電計の1kHzサンプリングに比べるとサンプリングが少なかったり、データ長や計測頻度が固定であったりと制約が大きくなります。実験目的にあった機器を選択する必要があります。

RR間隔からのデータ補間

RRIのデータを取得できたとして話を進めます。生のRRIデータはサンプル点が等時間間隔ではないため、そのままでは信号処理するには不適切です。一般的には、等しい時間間隔のデータに変換してから利用します。ここでは等時間間隔データを補間によって作成する方法を説明します。

自律神経機能を心拍から計測する場合によく用いられている補間方法は、線形補完とスプライン補間です。

図2 心拍変動時系列の補間(線形補間)

図2において、赤い四角でプロットされたデータは生データです。心臓の拍動毎にしかデータが生成されないので、計測間隔は等間隔ではありません。従って、1秒毎のサンプリングデータをその生データから推測して作り直すことになります。もっとも単純な推測の方法としては、生データを直線でつないで該当する時間における値を利用する線形補間手法です。図2に、線形補間で推定した1秒ごとの再サンプリングデータを青の丸でプロットしてます。赤い□をつないだ直線上に再サンプリングしたデータが乗っています。

図3 心拍変動時系列の補間(スプライン補間)

図3では、再サンプリングの方法としてスプライン補間を適用しました。スプライン補間は生データをなめらかな曲線でつないでデータ補間する方法です。図2と異なり、青○の再サンプリングデータは滑らかな曲線に乗っているのが確認できます。

再サンプリング間隔

通常、再サンプリングは生データのサンプリング周期と大きく変わらない範囲で行います。心拍は大体1秒周期なので再サンプリングも1秒間隔となります。ただし、心拍の速い動物や小児を対象とした実験では、その生の心拍にあったサンプリングにするため、0.5秒周期等、短い周期で再サンプリングを行うのが妥当です。

補間手法の差異が自律神経指標に及ぼす影響

線形補間やスプライン補間等の補間手法の差異が、最終的な自律神経のバランス指標(副交感神経の活動指標であるHF成分や、交感神経の活動指標であるLF/HF)に与える影響はあまりない、と言われていますがここで確認してみます。

利用したRRIデータは”ストレス指標としての自律神経機能活性度”で利用したものを使っています。そこでは、ストレス指標の算出過程で、パワースペクトルをAR法から計算していましたが、ここではパワースペクトルを離散フーリエ変換(ピリオドグラム)で求めています。

ストレス指標 PSD(線形補間)

図4 ストレス指標(LF/HF) (線形補間適用時)

ストレス指標の比較 PSD(スプライン補間)

図5 ストレス指標(LF/HF) (スプライン補間適用時)

パワースペクトルの形状を見る限り補間手法の違いは大きく現れないようですが、副交感神経の活動指標であるHFの大きさは、1410(msec^2) と 2020(msec^2)、交感神経の活動指標(ストレス指標)であるLF/HFは0.871 と 0.637 のように、数十パーセントの差がでているのが確認できます。LF値は0.05Hzから0.15Hzまで、HF値は0.15Hzから0.40Hzまでのパワースペクトル密度の積分値を用いています。補間手法の違いによるLFとHFの差は、ここで利用したRRI時系列データに特異な事ではなく、一般的に、この程度からもう少し大きな割合の差が出ます。

参考書籍で紹介した資料の多くでは、補間による影響はあまりない、としています。この解釈としては、そもそも、ストレス指標自体はぶれ(分散)の大きな指標であり、補間手法の差異による数十パーセント程度のずれは、相対的に小さな誤差と見ることができるのであまり問題ではない、ということだと考えられます。