ストレス指標としての自律神経機能活性度 その2

ストレス指標のHF,LFとは?

HFとは高周波(Hi Frequency)の略語で、3秒から4秒程度の周期を持つ呼吸を信号源とする変動波です。または、その周波数領域のパワースペクトルの合計量を指します。LFとは低周波(Low Frequency)の略語で、メイヤー波と呼ばれる約10秒周期の血圧変化を信号源とする変動波です。または、その周波数領域のパワースペクトルの合計量を指します。これまで解説したように、交感神経と副交感神経の緊張状態のバランスによって、心拍変動へのHFの変動波とLFの変動波の現れる大きさが変わってくるため、これを利用して心拍変動から自律神経のバランスを推定しようという算段です。以下にわかりやすく解説します。

ここで扱う「ストレス」の定義は、交感神経と副交感神経の緊張の程度、バランスであり、交感神経が緊張状態にあれば「ストレス状態」、反対に、副交感神経が緊張状態にあれば「リラックス状態」という定義を採用しています。

心拍変動時系列・RRI時系列

心電図から心拍間隔を計算した心拍変動時系列データを用意します。この心拍変動時系列データについては、”心拍変動とはなにか?心拍のゆらぎとはなにか?”を参考にしてください。

心拍変動からのストレス計測LFHF

このグラフは実際の500秒間に渡る心拍間隔変動時系列(RRI時系列)データです。運動中ではなく安静にしていいる状態ですが、このくらい心拍の間隔は変動しているものなのです。

心拍変動時系列データのパワースペクトル

次に、上で示した心拍変動時系列データから周期構造を抽出するためにパワースペクトル密度(PSD;power spectral density)を計算します。先に説明したように、パワースペクトル密度は、時系列データを構成している周期的な波を、その構成割合と共に表すものです。

パワースペクトルでストレス指標を計算

パワースペクトルを計算する手法は複数ありますが、このグラフは自己回帰モデル(autoregressive model; AR)を用いて計算したパワースペクトル密度(PSD)です。RRI時系列データにはこのような周期構造が隠れていたことがわかります。ここから0.21Hz付近と、0.07Hz付近に目立ったピークがあることが確認できます。

自律神経機能のバランスを計測するストレス指標 LF/HF

心拍変動から自律神経のバランスを推定するために、心拍変動の時系列データから、呼吸変動に対応する高周波変動成分(HF成分)と血圧変動であるメイヤー波(Mayer wave)に対応する低周波成分(LF成分)を抽出し、両者の大きさを比較するという手順をとることになります。呼吸変動を反映するHF成分は、副交感神経が緊張(活性化)している場合にのみ心拍変動に現れる一方、LF成分は、交感神経が緊張しているときも、副交感神経が緊張しているときも心拍変動に現れる、ということを”自律神経活動が心拍変動を発生させる仕組み”で解説しました。

HF成分とLF成分の大きさを計測するには幾つか方法がありますが、一般的には、パワースペクトルのLF成分の領域(0.05Hzから0.15Hzまで)、及びHF成分の領域(0.15Hzから0.40Hzまで)の強度を合計した値(積分値)を用います。

ストレス指標のLFHF

上のグラフで赤く示した領域の合計がLF成分の強度で、緑の領域の合計がHF成分の強度になります。HF成分の大きさは約1440(msec^2)、LF成分は約1470(msec^2)と計算されています。この数値は、単位時間(一秒間)中の心拍変動の大きさ(分散)に対するLFの帯域の周波数で変化する波とHFの帯域の周波数で変化する波の寄与の大きさになります。

副交感神経が優位にある場合にHF成分が現れるため、HF成分の数値を副交感神経の活性度(緊張度)とする場合もあります。また、交感神経が優位でも、副交感神経が優位でも、LF成分が現れるため、LFとHFの比をとって、LF/HFをストレス指標(交感神経の活性度)とします。

リラックスしている状態、つまり副交感神経が活性化しているときには、呼吸変動を反映したHF成分と血圧変動を反映したLF成分も現れますが、ストレス状態にある場合、つまり交感神経が活性化しているときには、LF成分が現れる一方、HF成分が減少します。従って、リラックス状態にあると相対的にHF成分が大きくなるのでLF/HFの値は小さくなり、反対に、ストレス状態にあるとHFに対してLF成分が大きくなるのでLF/HFの値が大きくなります。このLF/HFが幾つ以上になるとストレス状態と判定するか、という判定基準は、個人差や測定条件等により変わってくるのが実際です。

ストレス指標としてのHF/LFについてもう少し

交感神経活動と副交感神経活動のバランスを表わすと考えられているLFとHFの算出過程を説明しました。HFを副交感神経の活性度とする一方、LF/HFを交感神経の活性度の指標(ストレス指標)としていることを説明しました。上記から非常に簡単にストレス指標が計算され得ることが理解できたと思います。

しかしながら、この指標、LF、HFはそれほど安定した確度の高い指標ではないのが実際です。指標の算出過程も複数の手法が存在しており、それぞれが算出するLF、HFが同じであることはありません。また、個人差(年齢や疾患含む)や測定条件によっても大きく値がことなってきます。そして最も重要な問題は、自律神経機能は心拍変動に影響を与える要因の一つでしかなく、その他にも様々な臓器、器官の機能が心拍変動に影響を与えており、心拍変動の詳しいメカニズムが完全には解っていないというところです。そのため、この指標のみで自律神経機能やそのバランスを判断するのは注意を要します。より詳しくは”専門的に学びたい方へ:ストレスと自律神経の科学”を参照ください。