自律神経活動が心拍変動を発生させる仕組み その3

自律神経によって伝達されるゆらぎ

ここまでで解説してきた、動脈圧受容体、肺の伸展受容体、自律神経系、心臓の洞房結節によって心拍変動が発生することと、心拍変動から自律神経活動が推測できることを解説します。

はじめに概要を示します。ゆらぎの元(原因)となるのは、呼吸による肺の膨張と収縮を感受する肺の伸展受容体が発する呼吸周期(3秒から4秒程度の周期)の刺激信号と、動脈内の血圧の変動を感受する動脈圧受容体が発する血圧変動周期(メイヤー波;約10秒周期)の刺激信号です。これが感覚神経を伝って中枢神経まで到達し、中枢神経で心臓の洞房結節に向かう自律神経の神経細胞に周期的な刺激信号をもたらします。心拍を調整する役割をもつ洞房結節に影響を与える自律神経は交感神経と副交感神経の2系統あります。交感神経と副交感神経の両方が周期的な刺激信号を伝達しますが、交感神経は、副交感神経と異なり、呼吸周期ほどの”短い周期”の変動を伝えることができません。従って、交感神経と副交感神経の活動状態が、活性状態(亢進)か不活性状態(抑制)かによって、洞房結節まで到達する刺激信号の周期特性が異なるため、自律神経のバランスによって異なった心拍変動が現れることになるのです。ここをもう少し詳しく解説します。

交感神経と副交感神経の構造の違い ~心拍変動の視点から~

自律神経を構成する、副交感神経と交感神経のつくりの差を、心拍変動に関係する範囲で解説します。まず、交感神経と副交感神経とでは、刺激信号を伝える為に、神経の末端から放出する化学物質である「神経伝達物質」が異なります。交感神経ではノルアドレナリンが、副交感神経ではアセチルコリンが利用されています。各神経が影響を与える(”支配する”とも言います)臓器には、受容体(レセプター)と呼ばれる、神経末端から放出される神経伝達物質を受け止める為のものがあります。交感神経に支配される臓器ではアドレナリン受容体(洞房結節ではアドレナリン受容体の一種であるβ受容体)が、副交感神経に支配される臓器ではアセチルコリン受容体(洞房結節ではアセチルコリン受容体の一種であるムスカリン受容体)が存在しています。

交感神経が興奮すると、その末端からノルアドレナリンが放出され、洞房結節にある細胞のβ受容体(アドレナリン受容体の一種)がノルアドレナリンを受け取ることで、その細胞内に一連の化学反応が始まります。この細胞内の一連の化学変化を”細胞内情報伝達機構”とよび、複数の反応を経て洞房結節のペースメーカ細胞の活動を促進する効果をもたらします。つまり、ペースメーカ細胞は発火しやすくなり、心拍数を上昇させます。

副交感神経が興奮するとアセチルコリンが放出され、洞房結節の細胞のムスカリン受容体(アセチルコリン受容体の一種)がアセチルコリンを受け取り、細胞内に化学反応が始まります。交感神経の場合と同様に、この一連の化学変化は細胞内情報伝達機構とよばれます。この一連の化学変化は、副交感神経におけるそれとはこなり、洞房結節のペースメーカ細胞の活動を抑制する効果をもたらします。つまり、ペースメーカ細胞は発火しにくくなり、心拍数を降下させます。

神経伝達物質を受け取った後に細胞内で進む化学反応では、化学物質の再利用ループの仕組みがあり、反応に利用される材料がうまくリサイクルされて元の状態に戻るようになっています。この一連の化学反応が完了するために数秒程度時間がかかるのです。β受容体がノルアドレナリンを受け取った後におこる一連の化学変化(交感神経の場合)と、ムスカリン受容体がアセチルコリンを受け取った後におこる一連の化学変化(副交感神経の場合)は当然ながらプロセスが異なります。それぞれの一連の化学変化過程が完了するために必要な時間がことなるため、交感神経と副交感神経では、伝達された信号への応答速度が異なるのです。

ノルアドレナリンとベータ受容体が関係する、交感神経刺激が伝達された後におこる化学反応は、周期6秒から7秒(0.15Hzに相当)より短い変化についていくことができません。つまり、呼吸を信号源とする刺激のように周期が3秒から4秒ほどもある早い信号変動を伝えることができないのです。従って、交感神経は呼吸変動を伝えることができないことになります。その一方、アセチルコリンとムスカリン受容体が関係する副交感神経の場合は、化学変化が高速に進むため、周期が1秒程度の高速な変動についていくことができます。従って、副交感神経は周期が3秒から4秒ほどの呼吸変動を伝えることができることになります。

自律神経活動のバランスと心拍変動 ~メイヤー波(血圧変動)と呼吸変動~

交感神経と副交感神経における刺激伝達の仕組みである細胞内情報伝達機構の違いから、血圧変動(=「低周波変動」と呼びます)は、交感神経と副交感神経の両方によって心拍変動に反映されますが、呼吸変動(=「高周波変動」と呼びます)は、副交感神経のみが心拍変動に反映させることができることを説明しました。また、血圧変動は発見者のメイヤー(Mayer)にちなんで、メイヤー波(Mayerwave)と呼ばれます。補足ですが、ここで言う低周波、高周波とは、血圧変動が周期10秒程度で、呼吸変動の周期である4秒程度にくらべて長いので、相対的に”低周波”と呼んでいるだけです。

自律神経の活動バランスが心拍変動に与える効果を説明します。交感神経が抑制され、副交感神経が亢進(副交感神経の緊張とも言います)しているときは、副交感神経によって、血圧変動も呼吸変動も心拍変動に反映されることになります。つまり、心拍変動には、血圧変動に対応する低周波変動と、呼吸変動に対応する高周波変動がともに現れることになります。

反対に、交感神経が亢進(交感神経の緊張とも言います)し、副交感神経が抑制されているときは、交感神経によって血圧変動が心拍変動に反映されますが、先に説明したように、交感神経は呼吸変動のように速い変化についていけないため、呼吸変動を伝達することができません。呼吸変動を伝達するはずの副交感神経は抑制されているため、結局のところ、心拍変動から呼吸変動に対応する高周波変動が消失することになります。

まとめると、副交感神経の緊張状態にある場合、心拍変動には呼吸変動に対応する高周波変動と、血圧変動に対応する低周波変動が観測されます。そして、交感神経の緊張状態にある場合、心拍変動には血圧変動に対応する低周波変動が観測されますが、呼吸変動に対応する高周波変動は観測されないことになります。

この結果から、逆に、心拍変動を観測することで自律神経のバランスを推定することが考えられます。つまり、相対的に高周波変動が大きいと副交感神経が緊張傾向に、高周波変動が小さくなって低周波変動が大きくなってくると、交感神経が緊張傾向になっていると、言えるということです。ストレス指標に用いられる「LF」、「HF」の「LF」はこの低周波変動、「HF」はこの高周波変動のことです。HFが相対的に大きくなると副交感神経が優位であることを示していて、リラックス状態にあると推定し、HFが相対的に小さくなると、交感神経が優位にあることを示していて、ストレス状態にあると推定するわけです。 具体的な計算手法は”ストレス指標としての自律神経機能活性度その2:ストレス指標のHF,LFとは?”を参照してください。